2009/9/21 奉仕の意義とその教育価値

21日(祝)、全国一斉にスカウトの日と称して、奉仕活動などが展開された。我が団も例年同様カントリー作戦として市内の清掃奉仕を行うことになっていた。空き缶やペットボトルなどを拾い、清掃活動をすると同時にその成果などを報告する必要もあり、ビーバー隊からベンチャー隊までが朝から集合し、いくつかのグループに分けて、奉仕活動を行った。

私もあるグループとともに市内をめぐり、空き缶やペットボトルを拾う。空き缶はかなり少なくなってきているが、ペットボトルなどはたくさん捨てられている。また吸殻なども多く捨てられているし、紙屑や一般のゴミなども存在する。

スカウトたちは軍手に火ばさみ、ゴミ袋のスタイルで市内を回る。ビーバー隊やカブ隊のスカウトたちは熱心にゴミを拾う。その中で、吸殻や紙屑などを見つけると、これも拾っていい?と指導者に聞いてくる。

私は、「今日はカントリー作戦なので空き缶などを中心に拾って欲しいけど、吸殻やゴミが落ちていると町が汚く見えるので、そんなゴミも拾って町をみんなできれいにしよう!だから見つけたゴミは拾ってね。」と言い、分類しながら集める。

短い時間ではあるが、ビーバー隊やカブ隊のスカウトたちは喜々として清掃奉仕活動に取り組む。
そして、一定時間の後、朝の集合場所に各グループが帰着。集めてきたゴミを分類しながら空き缶の数などを数える。

そんな時、ある大人が、大きな声で、「今日は空き缶拾いなのに、普通のゴミまで拾ってきてるのはどのグループですか?」と言う。私は「私のグループです。空き缶も拾ったが、吸殻や一般のゴミも落ちていて、スカウトたちが自主的に拾ってくれたんです。」と答える。

私はムッとしていた。何か違うんじゃないのか・・・。もちろん空き缶拾いがメインなことは十分承知している。しかし、それが目的でない。「こんなにたくさん空き缶やゴミを拾ってくれて、町はとてもきれいになった。ありがとう!」と言うのか大人ではないのか。

子供たちの純真な心、ゴミを拾うという気持ちを踏みにじってはいないだろうか。奉仕をする意義、そして奉仕活動の価値を大人として再認識する必要があるのではないだろうか。

ゴミを拾うことが目的ではない。ゴミを拾うことによって、スカウトたちに何かを教育する必要があるのだ。
これは拾ってもよいゴミ、これは拾わないで欲しいゴミ・・・。そんなことでないはずである。
(#443)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック